え!キクの花は外来種?

こんにちは。
朝晩の冷え込みを少し感じる今日この頃ですね。
草原では、お嫁さん探しの秋虫たちの合唱が聞こえるようになりました。
皆さんの周りではいかがですか。
今日は秋の植物であり日本の代表とも言えるキクの花のお話です。
キクと言えば全国至る所でこの頃に開かれる菊花展や菊人形展ですね。
まさに日本を象徴する植物と思われがちですが皆さんはどう思いますか。

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そう言えば、このキクの呼び方はどこからきたのでしょうか。
実はこの「キク」という呼び方は中国の漢音で「両手をまるめて水をすくうこと」を「キク」と発音しており、この水をすくって手を丸め握ったときの球状の模様を手偏(てへん)を付けて「掬」と表すようになったそうです。
これが表現の元になって、例えば革で出来た「まり」は革をつけて「鞠」、花が塊になって咲いている植物は草冠(くさかんむり)をつけて「菊」という風に漢字が出来上がってきたのです。
「キク」は中国から来た呼び名だったんですね。

実は今日もてはやされている大きな塊のキクという植物は、
日本古来のものではないんです。

このキクの起源はいまから1,500年くらい前の唐の時代、
中国の北西部に分布していた「チョウセンノギク」と、中国北部に分布していた
「ハイシマカンギク」との交雑によって生まれ、中国で品種改良されて
今日の「イエギク」になったとされています。
9月9日の重陽(ちょうよう)の節句に、邪気を払い長寿を願うためにキクの花びらを
お酒につけ込んで飲んでいたという中国の唐の文化行事を取り入れ、
平安時代には貴族の間で盛んに普及し始めたことが、
日本人がキクを好むようになった初めだとも言われています。
奈良時代の歌には菊の文字を使った歌は一首もないのですが、平安時代の初めになると
数多くの歌に登場していることからもこのことが推察されます。
また、桓武天皇の息子であった嵯峨天皇が大沢池の菊を手折られ、
「後世花を生くるものは宜しく之を以て範とすべし」
と仰せになったと言う言い伝えが残っており、この頃になると
貴族に多くのキクを分けて与えることが出来るほどに栽培されていたことが伺われます。

Sagagiku2.jpg

やがて江戸時代に盛んに栽培され、改良が加えられて美しい菊花展示会や菊人形展を行えるものになったのです。
長い時代の中で愛され磨き上げられて、今のキクが出来上がったのですね。

嵯峨天皇に愛された大覚寺に、背丈が2mくらいまで伸びて小さい4cmくらいの白、黄色等の花をハケ状に咲かせる、珍しい「嵯峨菊」と言われるものがあります。
花の数を下から7、5、3となる様に仕立て、根元の葉を少し枯らして秋の風情を表現するという独特のものです。
秋の紅葉の最も美しい11月中旬頃、嵯峨野の大覚寺にてこの花を愛でる嵯峨菊展がありますから是非見に来てくださいね。

2008年10月 1日 10:13 | | コメントを読む (0) | コメントを書く


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