どうやって来たの? 中国生まれの彼岸花

皆さん、夜半はめっきり寒くなり、各地から紅葉のニュースが届いて
秋らしさが実感できる今日この頃ですが、皆さんの周りではいかがですか。
今日はこの時期よく目にする彼岸花のお話です。

Higanbana1.jpg

新潟の片田舎の幼稚園に通っていた頃、お彼岸の前後、道の途中にある田んぼの畦、お墓の脇等によく植えられていた彼岸花。
真っ赤な色があまりに鮮やかで奇麗なので、よく採って帰ったことを覚えています。
でも必ず母に「この花は毒だし縁起の悪い花だから触っては駄目よ」と注意されたものです。
実際に、別名『オヤコロシ』という名前もあり、この球根には神経毒のリコリンが含まれており食べると危険なんです。

彼岸花の故郷は中国の揚子江流域で、朝鮮半島にも分布していており、
韓国ではこの花を「相思花」(さんさーふぁ)と呼んで、
「花咲く時には私はいない、私が葉として伸びる時は、花のあなたは既になく
すれ違いですが、花は葉を思い、葉は花を思うように、いつもいつもあなたを愛します」
という変わらぬ愛を意味しているそうです。
日本には大陸から九州地方に最初に渡来したと言われています。

ところで、この花には不思議なことがあります。
それは発芽する種子が出来ないことです。どうして種が出来ないかというと
「種なしぶどう」のように染色体の数が3倍体で、これが原因で受精して
染色体が分裂しても種が出来ない構造になっているからです。
(詳しいことは今日は省きますね)

ここで不思議なのは、種が出来ないのにどうしていろんなところに分布が広がり、
海を隔てた日本まではるばるやって来たのかという謎です。皆さんはどう思われますか。

Higanbana2.jpg

実験畑で植え付けた彼岸花の球根が一年間でどれくらい周りに分布を拡大していくのかという実験結果によると、一年で平均38cm広がったそうです。
どうやって足のない植物が移動できたかというと、モグラ等の動物が土を掘り起こしたりして少しずつ移動したか、あるいは大雨で球根の埋まっている土が流され、それと一緒に移動したらしいです。
この結果から、中国と日本が陸続きだった時代に、上の様な理由から移動し日本にたどり着いたのでは? という説がありますが、自然界では山あり谷ありで平坦ではないことから疑わしいとの考えが多いです。


次の説に、何らかの理由で揚子江の川に流され、海流に乗って日本に流れ着いた
との説がありますが、球根が長く海水に浸かっていては腐ってしまい、
この説もおかしいと言われています。

最後の説は、彼岸花が山中等の森林帯に分布せず、むしろ人が生活している里地に
分布が限られていることから、約6,000年くらい前の縄文時代中期に食用として
中国大陸から人が運んだという考えがあります。
昔の資料には「飢餓に備えて田んぼの畦道や土手に植え、飢饉の時に毒抜をし、
餅にして食べた」との記録とその毒抜きの方法も書いてある書物が残っている
そうですから意外と真実に近いかもしれませんね。

秋の人里を彩る彼岸花、小さいときから見て遊んでいたこの花にも
想像できないような不思議でワクワクする深い歴史があるんですね。

2008年10月15日 09:57 | | コメントを読む (0) | コメントを書く


コメントを投稿する

ブログの管理者が公開を承認するまでコメントが反映されない場合がありますので、ご了承ください。 また、投稿されたコメントはフジテレビKIDSが企画・制作する映像物や出版物、ウェブサイト、広告宣伝などで利用させていただく場合がありますのであらかじめご了承 ください。