赤いシクラメンは平和の願い

みなさんこんにちは。
12月に入り、クリスマスも間近かですね。
皆さんはクリスマスにどんなプレゼントの贈り物を考えていらっしゃいますか。
私は毎年、クリスマスプレゼントとお正月のご挨拶を兼ねて、
桧原村の友人の育てたシクラメンの花をプレゼントしています。
今日はこのシクラメンのお話です。

Cyclamen1.jpg

日本ではクリスマスといえば必ずといって良いほど花屋さんの店頭に色とりどりのシクラメンの花が並びますが、日本には明治時代に伝わりました。
戦後、急速に普及し、布施明さんの「シクラメンのかおり」で大ブームが起こり、現在の冬の鉢植え人気ナンバーワンとして君臨しています。

シクラメンは、春の人気ナンバーワンの花であるサクラソウと同じ科に属する多年草の植物です。地中海沿岸のトルコからイスラエル地方にかけて10種類以上の原生種が自生していて、秋から春にかけて咲きます。


栽培には種まきから開花まで15ヶ月程かかり、乾燥で枯れやすく、
また球根が病気にかかりやすいため、育てるにはかなりの愛情を持って
しっかり育てないとうまくいかない花なんです。

日本では以前、ブタノマンジュウとかカガリビバナと呼ばれていました。
前者のブタノマンジュウはシクラメンの英名である「雌豚のパン sow bread」を
日本語に翻訳した名だそうです。
また、カガリビバナの呼び名はシクラメンを見たある日本の貴婦人が
「これはかがり火の様な花ですね」
と言ったのを聞いた植物学者が名づけたんだそうです。
でも今はシクラメンをこのような和名で呼んでいる人はほとんどいませんね。
いっぽう、親しまれている「シクラメン」の呼び名は、
「花茎が丸まった状態で発生することから「サイクル(Cycle)」が語源だそうです。

もっとびっくりは、その昔シクラメンは観賞用ではなく、
大きく膨らんだ有毒成分を含む球根を食用としていたそうです。
でも15世紀の大航海時代に南米からヨーロッパにジャガイモがもたらされると、
シクラメンを食用にする習慣はなくなったそうです。
今では、シクラメンを食べていたなんて信じられませんね。

Cyclamen2.jpg

実は私はこのシクラメンの原生種が山野一面に咲き誇る姿を見たことがあります。今から7年位前のことですが、国際協力機構の仕事で旧ユーゴスラビア構成共和国の一つであったボスニア・へルツェゴビナに赴いた時のことです。
この国はヨーロッパでおこなわれた冬季オリンピックの町サライエボが有名で、素敵で平和な国でした。しかし社会主義体制崩壊に伴って1992年同じ国に住んでいたセルビア人、モスリム人、クロアチア人が対立して内戦が勃発し、美しい町は人々の憎しみによってことごとく破壊されました。


1995年平和協定が結ばれ、それ以降世界の協力によって
復興に向けての作業が進んでいます。
しかし内戦時代に埋められた数多くの地雷は
いまだ十分に除去されず人々を苦しめています。
また砲弾が打ち込まれ粉々に崩れた小学校の校舎、民家の壁のに刻まれた
機関銃の玉の跡などが町のいたるところに今もあり、
3民族の人々の憎しみは元の様には解消されてはいません。
そんな町の公園の木々の中や、地雷があるかもしれない林のいたるところに、
赤いミニシクラメンがいっぱい咲き誇っていたのです。
いつか訪れて欲しい平和を願っているかのようでした。
この公園の片隅から一株持ってきたミニシクラメンが、
今年も赤い小さな花を咲かせようとしています。

もし皆さんが友達からシクラメンの花をプレゼントされたら、
世界の片隅で平和を願って頑張って咲いている
赤いミニシクラメンの花のことを思い出してくださいね。

2009年12月 9日 09:41 | | コメントを読む (0) | コメントを書く


コメントを投稿する

ブログの管理者が公開を承認するまでコメントが反映されない場合がありますので、ご了承ください。 また、投稿されたコメントはフジテレビKIDSが企画・制作する映像物や出版物、ウェブサイト、広告宣伝などで利用させていただく場合がありますのであらかじめご了承 ください。