「ソウギョバスターズ」10年間の活動の軌跡

皆さん寒い日が続いていますが大丈夫ですか。
私事ですが、今日は皆さんにお知らせがあります。
この度、私たちが大沢池の環境を再生するために活動している
「ソウギョバスターズ」の10年間の活動の軌跡をまとめた本が出版されました。
その本の題名は「大覚寺大沢池景観修復プロジェクト~古代と現代を結ぶ文化遺産~」
(世界思想社)です。
この「ソウギョバスターズ」は大学に赴任した当時からの一大プロジェクトでした。
ソウギョ(草魚)とは、水草を食べる中国原産の大型淡水魚です。
(最長2.5メートルの記録あり)

さて、皆さんは、ご存知でしたか?
794年平安京に遷都されてから、ずーっとそのままの姿で朽ちることなく
存在し続けた文化遺産は、皆無に等しいのです。
実は今日、存在するお寺や神社等の文化遺産は、室町、鎌倉時代以降に
復元されたものがほとんどなのです。
その中で唯一1,200年前から生きたまま残り続けた文化遺産こそ、平安の時から
お船を浮かべて池に映る中秋の名月を愛でて楽しむという「観月祭」で有名な
大覚寺大沢池だったのです。
しかし悲しいかな、水草の繁茂が激しく池に月が映りにくくなったため、
二十数年前に水草除去を目的にソウギョを入れてしまったのです。
放たれたソウギョはたちまち水草を食べ尽くすのみか、周りの杭もかじり始め、
水漏れが起こったり、全ての水草がなくなったりしてしまったため、
水腐れも起こり、美しい大沢池が朽ち始めたのです。
そこで結成されたのが

ソウギョを退治して、水草を取り戻し、周りの草木を植え直して
1,200年前の美しい風景を取り戻そう!

と大覚寺からの要請で立ち上がったプロジェクト「ソウギョバスターズ」でした。

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参加者は2001年から市民、学生、研究者等を含め約1,500人に及びました。
そして2008年、努力が実り、なんと皆無だった大沢池に
1,200年前の赤い蓮が咲いたのです。
今では毎年7月中旬から大沢池の1/3を覆う程の約3,000本の蓮が咲いています。
その蓮は、花びらの先端をほんのりと赤く染める「爪赤」(つまぐれ)と
呼ばれる古典蓮で、大沢池の脇にある史跡名勝の「名古曽(なこそ)の滝跡」にちなんで
「名古曽の蓮」と名付けられました。

本の中では、美しく蘇った大沢池の蓮の咲く風景写真をふんだんに織り交ぜながら、
水質の悪化やハスの消滅など、水草を食べる中国産の淡水魚・ソウギョの導入により
引き起こされた多数の弊害や試行錯誤を繰り返した調査と捕獲、
その後の驚くような変化を振り返っています。
またソウギョが放たれた経緯や池の周囲の景観修復の悪戦苦闘の
作業の様子も詳細に記しています。

そして一番不思議な事である、なぜ平安時代初期に嵯峨天皇が造った池の遺構とされる
大沢池だけが今日まで残ったのかという理由も謎解きしています。
刊行にあたり、帯を作家のC.W.ニコル氏が書いて下さいました。
その帯文を紹介します。

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■自然は人が手を加えて美しく輝くのです

「池はあなたたちを待っていた。復活おめでとう!」と声をかけたいです。
荒れていた大沢池を見て、筆者のひとりに「きれいにしてみなさいよ」と声をかけ9年がたちました。
いま大覚寺大沢池には3,000本のハスがはいています。
自然は人が手を加えて美しく輝くのです。
ぜひ奇跡の物語を読んでください。
自然を「元気に」したいと立ち上がった熱い仲間の想いと、その軌跡が伝わってきます。

作家 C.W.ニコル

この本については、私のホームページでも紹介していますので、ぜひご覧下さいね。

2010年1月20日 10:11 | | コメントを読む (0) | コメントを書く


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