珍しいツバキと美味しいお茶は同じ仲間

皆さん、こんにちは。暖かくなったり、寒くなったり大変ですね。
今日はちょっと珍しい花が咲いたお知らせです。

先日ですが、私の家の隣にある川本コーヒー屋さんに、
毎朝お決まりのコーヒーを飲みに行った時のことです。
そこには以前皆さんにご紹介したアマチュア写真家の羽柴さんが
ニコニコしながら私を待っていました。

「先生、この花はなんだかわかりますか」
と言われて見た写真は、今京都植物園で咲いている珍花でした。

私は大学時代、この花のことを聞いたことがあったので「もしかして、キンカチャ?」と聞き返しましたら大当たりでした。
この花は漢字で「金花茶」と書き、とっても珍しい花です。私は大学時代に中国の植物図鑑でこの植物を見たきりでしたのでビックリしました。
キンカチャは1965年に中国南部のベトナム国境付近の広西省地域の熱帯雨林で発見されました。その後、黄色の花を咲かす原種が次々と発見され、現在では約50種が報告されています。日本には1979年に伝わったそうですが、暖かい地域でしか育たないため寒さに弱く、一般には普及しませんでした。でも最近になって栽培技術が発達したおかげで、15種以上が日本へ導入されているそうです。
その一つが京都植物園の温室で育っているんですね。
高さは2~3メートルになり、葉は長さが10センチから15センチ、
花の大きさは約4~6センチ位です。
茶の字を使っていますが、本当はお茶というよりツバキの原種の一種です。
1月~3月頃、写真の様な鮮やかな黄色の花を咲かせ、花には芳香があります。
じっくりとこの珍しいキンカチャの花をご覧下さい。

ところで、花の色や大きさこそ違いますが金花茶が属するツバキに近い仲間で
私たちになじみのある植物として「茶」が挙げられます。
お茶は中国の唐に渡って30年以上も学んだ大僧都永忠(だいそうずえいちゅう)が
770年頃日本に持って帰り、810年頃、
嵯峨天皇にお茶を煎じてすすめたことが始まりと言われています。
その後のことですが、茶が日本の産業として発展するようになったのは、
安政6年(1859年)横浜港が開港され緑茶が輸出されたことに始まると言われています。
そして明治時代のことですが、日本政府はこのお茶を重要な輸出品であり、
日本の近代化と発展の柱と考えていたのですが、問題が起こったのです。
それは、その当時、緑茶を嗜好するのはアメリカのみで、
他の国々は中国風の紅茶を好んで飲んでいたそうです。
そこで、世界には緑茶より紅茶のほうに希望が持てるとのことから、
紅茶生産に力がそそがれ、輸出しました。
1892年頃には150トン程が生産されるようになり、輸出も順調に伸びていきました。
「え?」っと思われるかもしれませんが、
本当に日本は紅茶輸出国だった時代があるのです。
始めた頃は国産紅茶はまだ自生の茶葉で作られていたこともあり、
品質が良いとは言えなかったそうですが、
徐々に質をあげて一流品になっていったそうです。
紅茶の自由化が始まって以降、値段が高く今ではわずかしか生産されていません。

ここで皆さんにすごいお知らせがあります。
私の住んでいる東京都西多摩郡檜原村である村民が、
改良を加えて昔から飲んでいる日本茶の茶葉を利用して、
紅茶「檜原雅子(ひのはらまさこ)」という製品を作り始めたのです。
さっぱりとした味で、いつも私たちが飲む
タンニンの強い味の紅茶とは違いますが結構いけます。
最近、日本茶で有名な宇治でも「宇治紅茶」を作って販売を始めていると聞き
飲みに行ってきましたが、「檜原雅子」と似た味でした。
そのうち、全国販売するかも知れませんから飲んでみて下さいね。

2013年2月13日 09:49 | | コメントを読む (1) | コメントを書く


コメント

久々にパソコンが復活、メールも読めるようになりました。よろしく!こちらは蕗の薹があちこちで顔をだしています。

Posted by: Masako Hinohara | 2015年3月 3日 18:32


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